
- 公開日
- 2012年01月04日


風浪宮は、約1800年の歴史がある神社で、地元の人からは「おふろうさん」と呼ばれ親しまれています。年間多くの方が参拝に訪れ、中でも毎年2月に行われる風浪宮大祭は(約5万人の方が訪れる)風浪宮一番のお祭りです。
今回は、風浪宮の禰宜である阿曇典久さんに、ご自身のお話や風浪宮大祭の見どころを紹介していただきました。
風浪宮の起源は、神功皇后が新羅外征からの帰途、筑後葦原の津(現在の大川市の榎津)に船を寄せた際、皇后の乗った船の近くに白鷺がこつ然と現われ、東北の方角に飛び去りました。皇后は、この白鷺こそ勝運の道を開いた少童命(わだつみのみこと)の化身であるとして、白鷺の止まった所にお社を建てたのが起源だと言われています。
風浪宮には海の神様 少童命(わだつみのみこと)をはじめ多くの神様が祀られています。
神功皇后はご親征の際に身ごもっておられたがお腹に石の帯を巻き出産を遅らせ、帰還された際に無事に元気な子供を出産されたことから安産の神様としても有名です。
風浪宮には石のご神体の幸神様がおられます。鬼門の方角を向き、悪いものが入らないようにと皆の幸せを願う神様で江戸時代から祀られています。
二本の木がまるで一本の木から分かれて生えているかのように見える夫婦樟があります。
阿曇典久さんは平成23年度から風浪宮の禰宜(ねぎ)に就かれました。禰宜というのは神職の役職の名前です。神社の大きさにもよりますが、25歳という若さで禰宜になるというのは珍しいとのことです。
阿曇さんは現宮司の子で幼い時から風浪宮の行事に慣れ親しんでおり、自分も大きくなったら神様の奉仕をしたいと神職を目指していました。宮司の父からは大学では広い視野を持つ為に好きなことを勉強したらよいと言われ、四年間歴史の勉強をした後、神道学を1年間専攻修了して、卒業後は福岡県の福津市にある宮地嶽神社で二年間修業をされました。修行時代は、他の先輩方に神社の祭典だけでなく、境内の清掃の仕方など神職の基本から教わり、先輩の仕事を見て学び、分からないことは聞き、毎日が勉強だったそうです。
禰宜になって変わったことは責任感をより強く感じる様になったことで、常日頃から神様と人との「なかとりもち」の精神を持って、神様にどのようにして願意を伝えるかということを考えていらっしゃるとのこと。
仕事をしていてうれしいことは、合格祈願に来た方が合格の報告に来た時や、安産祈願で参られた方が子どもを連れて初宮参りに来た時などに、人の成長を身近に感じられることと感謝にふれあえることだそうです。阿曇さんは「合格されたことは本人の努力だけれど、精神的な部分で支えられたら」と。今後は父を目標に様々な勉強をしていきたい!と熱く語られます。
つづいて風浪宮大祭の見どころをうかがいました。
風浪宮大祭は毎年2月9日から11日にかけて行われ、久留米高良大社や水天宮とともに筑後地方の三大祭りの一つに数えられる祭りです。2月8日夜、厄除けを祈願する「裸ん行」を皮切りに、神功皇后が船を寄せたといわれる日吉神社から清めの水を汲む「お潮井汲み」、「お潮井詣り」「御神幸」「流鏑馬」など期間中は多くの古くから伝わる神事が繰り広げられます。また、境内には串柿市、植木市などの催しもののほか、多くの露店が立ち並び、期間中は約15万の参拝客で賑わいます。
大祭は年に一度ご縁日に開催され、神職の衣装も普段とは異なる正装で臨み、身が引きしまる祭りだそうです。
幼いころから風浪宮大祭を身近に感じていた阿曇さんは「大祭の時期は2月と一番冷え込む季節ですが、人々の活気や賑わいで寒さを忘れるほどもりあがります。」と語ります。
大祭の見どころはメインイベントの一つである「御神幸祭」。普段は本殿にいらっしゃる神様の御魂代(みたましろ)を神輿に乗せて市内を巡ります。中々近づくことが出来ない神様を身近に感じることが出来るのはこの時だけですので、ぜひ注目してみてください。
風浪宮大祭の最終日に行われる「流鏑馬(やぶさめ)」は大いに盛り上がります。
厄除けを祈願して行われる「裸ん行」。たいまつを手に若津神社を出発し、風浪宮まで約3キロを走ります。
神輿とともに神様の力が込められているとされる威儀物・大御幣も一緒に市内を巡ります。